銀の指輪
これは、私のプロフィールにある『色々色々あって、今』の、『色々』の話です。
暗い話しなので苦手な方は読まないでください。明日からお仕事という方が多い日曜日の夜にこんな記事をあげて申し訳ありません。
コメントをいただいても返せないかも知れません。すみません。
私の左手の薬指にはプラチナの指輪が光ってます。小さなダイヤがいくつかはまっているやつ。
これは結婚指輪ではありません。
元彼からいただいたものです。
何年してるのか。20数年かな。
俺様が私の写真を撮らせてと言ったとき。
「男はどうして皆んな同じようなことを言う」
と思って返事しませんでした。
前に言った人は、元彼です。すでに故人です。
亡くなりました。
もう20年近く前です。
彼は私の上司でした。いわゆるオフィス不倫。
私と付き合い始めてしばらくして彼は離婚しました。
それは付き合う前から決まっていたこと。
それは、別に責任を取るべき人がいたから。
その人と一緒になるためにしたこと。
じゃ何故私とそんなことになる?
そういう人でした(笑)
全然カッコよくないし、食べ物の好き嫌いが多いし、女にだらしないし、金遣いは荒いし、ギャンブル好きだし。なのに何故か女にモテる。
そういう不思議な人でした。
同じ会社。朝の喫茶店でのモーニングコーヒーから始まり、お昼もシフトが合えば一緒。夜も私が仕事が終わると30分〜1時間くらいお茶をする。毎日。
噂にならない訳がない。
「堂々としてればいい」彼の持論。
実際、デート中に会社の人に会っても全然動じない。かえって相手が狼狽えてる。
その彼が私との行為を動画に撮ってました。
5年近く付き合ったのかな。
その間に彼の転勤。本彼女との内縁関係の開始。そして解消。
特急列車で片道6時間かけて会いに行ったり。
一緒に泊まりで出かけたり。
いっぱい「愛してる」「好きだよ」言い合いました。
いつか、お互いの責任が終えたら一緒になろう。なんて夢も。
そんな中で、彼の裏切りを、疑問を、感じ始め。
この頃だったと思います。俺様と久しぶりに会い、関係を持ったのは。
当てつけだったのかもしれません。
俺様には付き合っている人がいることを言いました。
少し疲れてた頃。彼が体調を崩し会えない日々が続き。電話で病院に行って、行かないなど、話していた時。私の何かを感じたのか、彼が「◯◯愛してるよ」と言いました。
私は(ウソだ)と思い「ふふっ」と笑いで返しました。
彼は「あっ、笑われちゃった(笑)」
笑いでごまかした。
私は「今さら(笑)」
私も笑いでごまかす。
今思えば、この時「愛している」と言えば良かった。
その約1か月後、彼の入院。
本人は自分の病状を知らない。だから私も知らない。バツイチで一人暮らし。故郷は遠い。親はいるが年老いている。
病院の緊急連絡先で困ってると言われる。
何百キロも離れている私。第一、そんな責任ある立場は出来ない。すぐに駆けつけられない。
結局、「会社の同期のヤツに頼んだ」と。
このことがウソと分かったのは一度だけお見舞いに行ったとき。
「だいぶマズイらしいぞ」
そんなことを彼の同期から聞かされた。
翌日、朝の新幹線に飛び乗っていた。方向音痴の私が知らない街で電車を乗り継ぎ一度も迷わず着いた。
そこで知ったのは彼の裏切り。だった。
私も知っている会社の女性。同じ職場。
その人を連絡先にしていた。ただ聞いたときは、やっぱり、としか思わなかった。
彼を一目見て「この人死ぬの?」そう思ったほど痩せて。車椅子に乗り。オシメをあて。薬のせいでろれつも回らず。思考も混乱していて。
もういつどうなっても、と彼の上司から聞かされました。
私が彼から預かっていた通帳を上司の方に預け、知っている限りの、家族情報をお話しして、夕方まで病院にいて帰りました。
帰ってきて彼の相手の女性と話し合い?をしたりして、いるうちに、彼に対する怒りが。
帰宅途中の電車の中。彼から電話。
「今どこ?」と。
「電車だよ…私知ってしまったんだよ。あなたと◯◯さんのこと!」と、つい怒りをぶつけてしまった。それに対して彼は
「あ、そう」
ダメだ!また頭が普通じゃない!電車の中で怒鳴る訳にもいかない。電話をブチ切り。
自宅近くの駅に着き、少し頭が冷えた私。
何か用があったのか聞こうと彼に電話した。
出なかった。二度と出なかった。
その2日後に逝ったのを聞いたのは、電話を受けて5日後。
休み明けはドキドキしていた。彼の訃報が入っているんじゃないかと。
いつもの社内。何もないなと思い始業時間。
いつもどおり電話が鳴る。私が出た。
彼の上司。病院でお会いしてから何度か連絡をくださっていた。病状だったり、通帳の暗唱番号だったり。
「いつもお世話になっております」
「おはよう。◯◯が死んだ。」
世界が止まるってああいうこと。
なにも言葉が出ない。ただ受話器を握りしめて、その報告を聞く。ただ聞く。じっと聞く。
「最後の顔は穏やかだった。苦しまなかったみたいだ。」
そこまで聞いて、やっと
「それなら良かったです」と言葉が出た。
すでにお骨になって故郷に帰ったと。
彼が私に最後の電話をしてきた日は、病状も落ち着いて、頭もはっきりし、自分の病状を理解し、身の回りのものを説明し整理の指示をしていた日。
「安心したんだろうな」と上司の方。
違う、違う!私が彼を…。絶望させた。
明日も分からない人を突き飛ばした。
入院からわずか2か月。
色々な後悔と懺悔を残して、強制的に関係は終了しました。
私には忌引きもないんだなと思いました。
昼間は明るく仕事しました。夜部屋で泣く日々。
彼が亡くなって1週間たった日の朝。夢を見ました。
夢、なんだと思います。
眠っている私の下半身に舌を感じました。
彼だ。と思いました。私の身体に入ってくる感触もありました。
「久しぶりだからすぐいっちゃうかも」
「中でいいよ」
「生理なの?」
「うん」
「そうか」
それで消えました。目か覚めました。
身体を確かめますが異常はありません。生理は事実です。
夢でしょう。でも、あの感触は彼でした。
来たんだと思ってます。
俺様に泣きつき、話を聞いてもらい。それっきり俺様に会うことはありませんでした。
毎日彼を思わない日はなく。月命日には彼が亡くなった時間に手を合わせ。謝る。
節目の法要にはご実家に花を贈ることは13回忌まで続けました。
もう不倫なんてしない。そう思い、仕事を頑張り、家庭のことに専念。普通の生活を普通に。
そうして20年近い月日が流れました。
たまに俺様から「元気なのか。最近見ないな。」とメールをもらい、「なんとかやってるよ」みたいな返事をして。
会いたいと思いませんでした。
彼から付き合っているときに手紙のやり取りをしていました。その手紙は一昨年やっと捨てました。年齢的に断捨離をしなくては。あれは持ってちゃいけない。夜のゴミ置場に中身が分からないようにそっと置いて「ごめんね。さよなら。」と言って帰るとき、手紙を入れたゴミ袋が「パタパタパタパタ」と。さして風もないのに。もう一度振り返って「バイバイ」と言って帰りました。
そして。
去年の春頃から妙に俺様に会いたいと思うようになり。メールは考えなかった。偶然会いたかった。彼が今どんな車に乗っているのかも知らないのに近所を通る車に彼を目で探す。
だから、近所でイベントがあったとき、彼だ!と直感的に分かりました。すぐ分かりました。
会いたいと思えるまで20年。
会いたいと願って約2か月。そして食事に行くまで2か月。
後はblogに書いたとおりです。
もう不倫なんてしない。もう恋などしない。人を好きになんかならない。
そう固く思っていたのに。
あっという間に崩壊しました。
そして、彼を思い出すことも減りました。
無くなりはしません。
指輪は今のところ外す気はありません。
会社にしていく時計も彼から最後にもらったペアウォッチです。
これも修理が出来なくなるまでと思っています。
彼が撮った私の動画はどうなったのか。知る由もありません。
「俺に何かあったら取りに来い」と言われてましたが、出来るはずもなく。
きっとご実家の方が処分してくれたと思います。呆れながら。
彼が亡くなった年齢はすでに超えました。
今、この歳で私は俺様に恋をしています。
道外れた恋で、やはり苦しいことも多いけど
毎日が楽しいです。
人を好きになるって、やっぱり素敵です。
人生に最後の華を咲かせてくれてるようです。
今回は、後悔せず、たとえ終わりが来ても、感謝の気持ちが残るような。そんな恋がしたい。
理想論です。現実はそう綺麗ごとにならないでしょう。
私はこの銀色に光る指輪をして俺様に会ってます。
今回「写真」と言われたことで色々思い出してしまい。気持ちの整理の為に書きました。
もう書けると思っていたのですが、涙が出てきました。ちょっと辛くなりました。
最後まで読んでくださった方。ありがとうございます。お目汚しでした🌸
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